2011年03月11日

【地震 備えとこれから】阪神大震災 阪神・淡路大震災 教訓 まとめ

阪神大震災 教訓で検索しました。

●阪神大震災 阪神・淡路大震災 教訓 阪神大震災の写真 災害画像
http://www.bo-sai.co.jp/sub6.html

●阪神大震災教訓
http://www2s.biglobe.ne.jp/~sasihara/earthquake.html

*抜粋

■教訓
懐中電灯は真っ暗闇でも手探りで容易に見つけられる場所に設置し、地震の激しい揺れでも動じないように固定すること。
日頃より飲料水、食料、水洗トイレ用水を備蓄すること。
ポリタンクを用意しておくこと。
断水時は小学校などの公共施設に行くと、屋上のタンク内にまだ水が残っている場合があるので、そこでの給水の可否を調べること。
タンスが倒れないように固定するか、タンスの近くで寝ないこと。
原付があると輸送量が飛躍的にアップし行動範囲が広がるので便利だった。一方自動車は、倒壊した家屋が道を塞いでいたり、橋が崩落していたりしていることによる渋滞が激しく、ほとんど前進できないので、使えないと考えておいた方がよい。
地域によって被害の程度が大きく異なる。私の家の南4km弱の知り合いの家では、家具が倒れることはなく、揺れている最中も起きあがって家具が倒れないように押さえているほどの余裕があったそうだ。その地域では断水は起きなかった。よって数km移動すれば生活基盤が生きている可能性があるので、遠い親戚の家に脱出する前に近場の状況を確認した方が良い。
実際、私の家から武庫川まで1km程度しか離れていないが、この武庫川を越えた西宮市から被害の様相がガラッと変わった印象を持っている。2日後電車に乗った際、神戸から脱出している親が子供にむかって「なんか川を越えるたびに被害の様相がガラッと変わるね」と語っていた。
西宮北口の震度7地域は、私の家から自転車で20分程度の距離しか離れていない。つまり西宮北口で大きな被害を受けた方々は自転車でせいぜい20分移動すれば、被害が軽微なところに移動できたことを意味する。
社会基盤は基本的にマヒしてアテにならない。警察・消防・病院関係者・公務員・店舗従業員の人達も例外無く被害を受け、出勤どころではない。ある公務員の職場では、当日出勤できたのは50人中3人だったそうだ。
これは同じ大学の講座に居た神戸三宮に住んでいた人の話。震災直後、食料品店に人が殺到し、ある八百屋は大根1本を1000円に値上げしたそうだ。しかし数日後、落ち着きを取り戻すと、それが仇となり八百屋は皆から嫌われてしまった。その八百屋はわずか1〜2日間の暴利に目がくらみ、それまで築き上げてきた商売をダメにしてしまった。
当時、逆に無料で洗髪する床屋があちこちで出てきた。この後にこれらの床屋がモトを取ったかどうかは知らないが、少なくとも困ったときに助けてもらったことは長く人の記憶に残るものである(ただサービスする方も被害を受けているので、勇気のいることではあるが)。
芦屋、西宮では無惨にも倒壊した家屋の隣に無傷そうに見える家が建っているなど、家屋次第で大きく運命が分かれる結果となった。
倒壊した家屋、マンションには一定の規則が見られた。家屋については、倒壊したものはどれも古い家で土壁の家ばかりであった。
西宮北口駅北側は震度7地域となっているが、ココだけ揺れがひどかったというわけではなく、
古い家が集中していたのが原因と思われる(当時の震度7の定義は家屋の何%以上倒壊、というものだった)。
一方マンションについては、1階部分が駐車場というマンションばかり倒壊していた。

●阪神・淡路大震災教訓集
http://www.dri.ne.jp/kensyu/instructive.html

●1995年阪神淡路大震災被災者の教訓集
http://homepage2.nifty.com/ja3tvi/KOJ/kyokun.html
posted by くど at 20:02| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 危機管理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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